「まず貴方の名前を教えて下さい。」
占い師は須藤に尋ねた。
「須藤です。あ、須藤永吉って言います。」聞かれた通りに須藤は名乗った。


「では、始めます」


占い師は手際よくカードを並べ始めた。
真ん中に置かれている水晶を中心に、円を描く様に並べられていくタロットカード。
その水晶はこの場の暗さを更に強調しているかの様に見えた。


暫くすると、そこにぼんやりと何かが写ってきた。


「そこに写ったカードが貴方の運命です。」
「何々...?」
須藤が目を凝らして水晶を良く見ると、そこには崩れかけている塔が描かれている事が判った。


「...塔?」
「塔の正位置ですね。それにはこの様な意味があります。」

人は神に近づこうとしてバベルの塔を建造する。
上へ上へと果てしなく伸びる塔。
それは精神的向上欲の象徴。
しかし、精神の救いのを求めるものは、同時に重大な罪を犯していた。
故に神に怒りをかい、その雷により塔は打ち崩された。
崩れ落ちる塔と共に人はすべてを失い、奈落の底へと落下した。
「何か不吉だなぁ...」
「そうです。これは不吉なカードと言われています。
主に『予期しない事・パニック状態・トラブル・口論・危険や失敗』を指すものです。
近い内にとてつもなく危険な状態に陥るでしょう。あるいは死に陥る事もあります。」


「死に陥る、か...」


その時、須藤には妙に実感が湧いてきた。
占いなんて所詮「当たるも八卦、当たらぬも八卦」なのに...


「その死を免れられる方法はあるんですか?」
自然とその言葉が口をついて出ていた。


「1つだけあります」
占い師ははっきりと言った。


「何ですか?教えて下さい!」
いつの間にその言葉には真剣さが込められ始めていた。


「人の血を1週間以内に3リットル飲む事です。」


「血...!?」
思わず須藤は後ずさりした。


「人の血はよく呪いをかける時などで使われるでしょう?
そのようなものから免れる時も同じですよ。
いわば、『毒をもって毒を制す』というようなものと考えて頂ければお判りでしょう。」


「まあ大体3リットルというと、俺ら位の年なら1人分の血のほぼ全てを飲み干せば3リットル位はいくって訳だ。」
今まで黙っていた森田が、突然口を開いた。


「よくそんな事知ってるな...
...っておい!何でそんな冷静にんな事が言えんだよ!?命に関わるんだぜ!?」
「そういやさっきお前どうやって俺がこの事知ったか知りたいって言ってたよな?」
「おい!俺の質問に答えろよ!どうしたんだよお前!?」


「...今からその両方に答えてやるよ」


その森田の台詞が須藤にとって異様なまでに恐ろしく聞こえた。
また、同時に強烈に嫌な予感として感じられた。


「...たまたまこの路地裏に入った事がきっかけだった。
俺はその時占い師の事なんて全然知らなかった。
さっきと同じ様な状況だったんだ。「...たまたまこの路地裏に入った事がきっかけだった。
奥まで行って帰ろうとしたら呼び止められて、そしたらこの占い師が居た訳さ。
ただで占ってくれるって言うから占って貰ったんだ。そしたら...」
「そしたら?」


「大体判るだろ?本当に同じ様な感じさ。まず名前を言ったんだ。森田慈郎って。
そしたらカードを並べて、水晶から1枚のカードが見えた。」
「...何のカードだったんだ?」


「死神、ですよ」
須藤の問いに答えたのは森田ではなく占い師だった。


「死神にはこの様な意味があります。」

生きる者どもよ。
我が死の前には無力であることを知れ。
何故生まれ、何故死を目指す。
生きる者どもよ。
死こそ、幸福への道。
我が権限によって与えよう。
死を!
「...どういう事だ?」


「つまり、あの方は死神の如く...」


「人を殺すようになる、って事さ」
占い師の言葉を森田は途中でかき消した。


「それが6日前の出来事だった。明日で1週間...タイムリミットだ。
最初は信じてなかったけどな、妙に実感が湧いてきたんだ...お前みたいにな。
まさかこんな形で当たるとは思ってなかったが...でもこれは『運命』だ。
悪いな、お前の血を頂くぜ」
そう言って、森田はやや小ぶりの果物ナイフを取り出した。


「...やめろおおおぉおぉおぉぉおぉぉぉおおぉ!!!!!」


須藤の叫びは路地裏じゅうを駆け巡った。
そして本能的な速さで路地裏を抜け出し、商店街を抜け出した。


「ちっ、逃したか。あれで足でもすくむだろうと考えた俺の間違いだったな。
まあ良い、明日がある。無駄に騒ぎを大きくしない方が良いからな」


そう呟いて、森田はナイフをしまい路地裏を抜け出した。


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