人気も減ってきた街の中、永井は1人歩いていた。


(本当に大丈夫かな...)


漸く決心をしたものの、やはり不安は若干残っていた。


(この辺でそういう怪しそうなものがある所と言ったら、やっぱりあの路地裏かな...)
そう思い路地裏へ向かって歩こうとした所、途轍もない勢いで走る1人の少年とすれ違った。


(...須藤!?)
永井はその横顔を見て驚いた。


でもそうだとしても...
何故森田と一緒ではないのだろうか?
何故そんなに走っているのだろうか?
何より、須藤と会ったらまず自分の事を馬鹿にしてくるだろうと思っていた永井は、何もせずにすれ違った事を不審に思った。


「おい、お前須藤だろ?待てよ!」
思わず声をかけたが、それに気付く余裕さえ無いかの様にそのまま走り去っていってしまった。


「変な奴だな...」そう思いつつからかわれなかった事に内心ほっとしつつもあった。
そして、普段は近づかないあの路地裏へと入っていった。


「今日は珍しくお客さんが多い日ですね」
その奥の方にはいかにも占い師らしき人が居た。須藤と森田を占ったあの占い師だ。


「そうなんですか?」
「いつもなら此処に人が来る事自体殆ど無いのですがね、今日だけで2人も来ているんですよ。」
「もしかして、その2人って僕と同じ位の年の男の子ですか?」永井は尋ねた。
「そうです。」占い師は肯定した。


(やっぱ森田と須藤が先に来てたんだ...)


「じゃあ...占って下さい」少しの間の後、永井は占い師に頼んだ。
「判りました。ではまず貴方の名前を教えて下さい。」
「永井宗平と言います」
「永井さんですね。後、言い忘れましたが料金は要りませんよ」


「では、始めます」


占い師は手際よくカードを並べ始めた。
真ん中に置かれている水晶を中心に、円を描く様に並べられていくタロットカード。
その水晶はこの場の暗さを更に強調しているかの様に見えた。

暫くすると、そこにぼんやりと何かが写ってきた。
永井にとって知る由も無い事だったが、それは須藤達を占った時と全く同じ展開が繰り広げられていたのだ。

「そろそろ何のカードか判るでしょう。それを良く見て下さい。」
そう言われて、永井は水晶に写るものをよく見てみた。


「男の人だ...旅人?」
そこには崖の淵に建つ青年が描かれていた。しかも逆さになっている。

「それは『愚者』ですね。それには本来この様な意味があります。」

崖の縁に立つ若者。
彼は恐れない。生きるも死ぬも同じ運命。
ならば足の向くまま気の向くまま、すべてを悟り、
それを信じるものは自由になれる。
愚か者と呼ばれることさえ彼は恐れない。
「これは正位置であれば『0からの出発・積極性がきめ手・可能性がある・思い切って行動する・自由を求める』
と言う意味を持ちます。しかし、今回は上下逆さになっている逆位置ですね。
その場合は『間違った方向に進む・気まぐれ・現実逃避・計画性がない・軽率な態度』と言う様なものを指します。」


「つまり逆の意味を持つって事ですか?」
「そうです。この場合、貴方は間違った方向に進んで取り返しのつかない事になる可能性があります。
その際には、死が訪れるでしょう。そうすれば永久に取り返しはつかないのですよ...」


「そんな...」
永井はその恐ろしさに言葉を失いかけていた。


「助かる方法はただ1つ。人の血を1週間以内に3リットル飲む事です。」
そして淡々と喋る占い師。


「大体3リットルと言うと、中学生位なら1人分ほぼ全ての血に相当しますね。
でも完全に血を吸い出すのは相当至難の技ですから2人分位の血を採れば無難かと思われます」


(怖い...この人恐ろしい...)


永井にとってそれは想像するだけで倒れてしまいそうなほどグロテスクな事だった。
しかし、もしそうしなければ自分は死んでしまうのだ...


あの占い師の言う事には妙に真実味があった。
そして、どんな嘘でもまるで本当の様に聞こえてしまうのだ。


一体どうすれば良いのだろうか。
本当に血を採らなければならないのだろうか...?


「貴方、誰か恨んでる人でも居ませんか?」
考え込んでいる間、ふと占い師は口を開いた。


「恨んでる人って言われても思い付きません...」永井は答えた。
「人なら誰でも恨んでいる人が居ます。本当は心のどこかで判っているはずです。
その人たちの血を採れば貴方は生き延びる事も出来、そして邪魔な存在が居なくなります。
これはまたとない一石二鳥な機会だと思いませんか?」


「でも、人を殺すのは犯罪です...」
「何も殺す必要はありませんよ。血を採れば良いだけの事ですからね」

「恨んでる人...」
その時、永井の中にその顔が浮かんできた。


「判りました。この機会、生かしてみせます」


そう言って、永井は路地裏を出ていく事にした。今まで受けた屈辱を晴らす為に...


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