いつの間に陽は沈みかけていた。
永井は商店街を抜け、疎らに点いている街灯の下を歩いていた。


(あの時、一体自分は何を考えていたのだろう...
何で「判りました。この機会、生かしてみせます」だなんて...)
1度冷静になって考えてみれば、このような話に根拠など無い。
しかし、元々弱気の永井にはその「根拠の無い」恐怖がつきまとってるのがはっきりと判るのだ。


(どうすれば良いんだろう...)
いくら迷った所で結論は出て来ない。
本当に血を飲まなければならないのか、その疑問自体に答える事さえも出来ないのだから。


(でも多分須藤も同じような事を考えているんだろうな...
あいつがあんな顔してるの見たの初めてだし...
って事は、もしかしたらそのうちあいつは僕を襲うかもしれない...
それとも、森田も...?まあそうなるとしたら血が足りなかった場合かな...
何はともあれまずこっちにその危害が来る可能性の方が高いのは間違い無いんだ...
じゃあ...って、あれ?)


その時永井はふと気付いた事があった。
(そういえば森田が居なかったけど、あいつは占って貰ったのかな?)
しかし、今その事を考えてもどうしようもない。


(仮にあの占い師の言った事が本当であってもまだタイムリミットまで1週間はある。
それまで、少し色々と考えたほうが良さそうだ...)
そう考えた永井は改めて家への1歩を踏み出した。

― ― ― ― ― ―

翌朝、珍しくいつもの待ち合わせ場所に須藤が来なかった。
「あれ、須藤は?」
「何か頭が痛いから学校休む、だってさ。」
森田からそう聞いた永井の脳内は一気に不安感と不信感で一杯になった。
(絶対昨日の事が関係してるな...)


学校に着いてから、須藤が居ないせいか森田は永井によく話しかけてきた。
「そういや結局昨日はどうしたんだ?」
「どうしたって...ちゃんと行ったから、占いに。」
「お、行ったのか!結局どうだったんだ?」
「やっぱり...言ってた通りだった。」
「だろ?で、助かる方法は人の血を3リットル飲むって...」
「うん...」


「そう言えば昨日須藤が物凄い勢いで走って行ったのを見たんだけど、何か知ってる?」
少し間を置いて、永井は森田に尋ねた。


「あぁ、あいつは昨日占って貰ったら顔真っ青になって逃げちまったんだ。
意外と情けないなって思ってたんだ。」
「え、本当?」
「意外だろ?」
「そうだったんだ...だって僕とすれ違ったのに何もしてこなかったから...」
「確かにそれなら不思議に思って無理ないな。
...そうだ、今日須藤の家行ってみないか?多分あれ仮病だぜ。」


その時永井は一瞬迷った。
(もしかしたら何かされるかも...
でも森田も居るし、こっちも何か準備をしておけば...)
そう考えた結果、永井は森田の案に乗る事にした。
「じゃあ、後でお前の家に行くから用意してろよ。」

― ― ― ― ― ―

家に帰った永井が荷物を片付けていると、下からインターホンの音が聞こえてきた。
「あれ、森田!?早っ...」
思わず本音を漏らしつつも、永井は階段を降りた。


「用意出来たか?」
「もうちょっと待って。さっき帰って来たばかりだから...」
「じゃあ取り敢えず待つから。早く終わらせとけよ?」


(うわ、思ってたよりずっと早いよ...どうしよう...)
その時永井は迷っている事があった。
昨日の占い師の言葉がずっと引っかかっていたのだ。


(何か持って行った方が良いかな...
もし持って行くならやっぱりナイフとかが良いのかな...?
って言っても、やっぱり怖い...
そうは言っても殺されたりしたら...
念の為持って行こうかな、念の為に...)
そして永井は台所に置いてあった包丁をそっと持ち出した。


「ごめんごめん、終わったよ。」
「よし、じゃあ行きますか!」
そんな永井を知ってか知らずか、森田は心なしかいつもと様子が少し違った。


須藤の家へ向かって行く時も、森田は妙に明るく振舞っている様に見えた。
(一体何がそんなに楽しみなんだろう...?)
永井は疑問に思ったが、口に出して聞こうとは思わなかった。
仮に聞いてみて、もし何かあったとしたら...
それがあの占い師の事に関わるとしたら...
そう考えると恐ろしくなって余計に聞けなくなってしまった。


(昨日からずっと疑問に思ってたんだよね...
結局森田は占って貰ってたのかな...?
でも、そうだとしても何であんなに楽しそうなんだろう...
もしそうならあんな感じにはきっとならないと思うんだけどなぁ...
ってかそんな事より、一体僕はどうなっちゃうんだろう...)


そうこうしている内に、2人は須藤の家まで辿り着いた。
森田がインターホンを鳴らすと、現れてきたのは母親だった。
「あ、あの、永吉君は?」
「あの子ならさっき何処かへ出掛けて行ったわ。
元気になったのは良いんだけど、一体何処へ行っちゃったのかしら...
ところで、何か用?」
「えっと...」
「そんなにたいした事じゃないんで、明日学校で伝えます。ありがとうございました。」
永井が説明する前に、森田の一言で片付いてしまった。


ドアが閉まると、森田の表情が一変した。
少し引きつっているようにも見える。
「これはちょっと大変だな...」
「何が?」
「いや...何でもない。」
明らかにさっきと様子が違う。


「それにしても一体何処に行ったんだろう...」
「それなら探しに行かないか?」
「本当に?しかも何処に行ったか検討もつかないのに...」
「いや、1箇所心当たりがある所があるんだ。」
そういって、森田はひと呼吸置いた。


「...あの占い師が居た路地裏だ。」


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